こども椅子について。

工房で作業中に、ふと一通のメールをいただきました。

そこには、心に響くお言葉とともに、先日お渡しした「こども椅子」に座るお子さんの写真が添えられていました。

(SNSもお使いの方で、お写真使用のご了解をいただいております。)





前回のブログでも綴ったのですが「こどもの家具」というのはハードの面でも、ソフトの面でもとてもむずかしい道具であると、インテリアのお仕事に就いてから、そして作り手になってからも、ずっと考えていました。


それは「将来の用途は?」という点です。

しかし、今回いただいた言葉に、ハッとしました。


「一時的しか使えないものだからこそ、その瞬間の思い出が詰まっているように思える。」


「子どものものとはいえ、せっかくならば家族の歴史とともに、末長く我が家にあり続けるものであってほしいと思ってお願いしました(むしろ子どものものだから、余計にそう思うかのしれません)」





この言葉を何度も読み返して、こども椅子のパズルの最後のピースがはまったような感覚を覚えました。


僕の実家に帰省すると、僕が使っていた"こども椅子"を、今は自分の娘たちが使っています。

見るたびに「なつかしいなぁ・・・」と思っていますが、きっと「いつか孫たちも使ってくれる」という想いから、ずっと大切に取っておいてくれたのだろう、と勝手に思っていました。


しかし、今回いただいた言葉を読み返しながら考えると「孫が使ってくれる。。。」という想いよりも先に、きっと「我が子の思い出が詰まっている」・・・だから、大切に取っておきたいと思っているのかもしれない。と、想像してみました。


自分たちはもう大人になった気分で「孫たちを会わせたい」という気持ち、つまり「おじいちゃん、おばあちゃん」という目線で親を見ていましたが、親からすると、まずは「息子が帰ってきた」なのだろうなと。


きっと僕は今まで、「こどもの家具」を考えるとき「未来」のことばかりを先行して考えがちでしたが、そこにもっともっと「今」への想いも大切にするといい家具ができるのではないか、今回の椅子で考えるようになりました。





いつも製作している「木のカメラ」に込めた想いには、その想いがあります。

しかし、「木のおもちゃ」と「こどもの椅子」がリンクすることは、なぜか今までありませんでした。(頭が堅くなっていたのでしょう。)


それ想いが、今回ふとリンクしたのです。





「何か用途がないかな。。。」と探す必要はなく、「一番可愛い時期」とも言えるやんちゃな時に、たくさんの思い出を詰め込んでくれたら、もうそこにあるだけで、私たち親の心を満たしてくれる「大切な思い出」として、存在してくれるのだろうと確信しました。


「孫の代まで」という一辺倒な理由が頭の中を巡り続けていた長い年月。

その心の中に小さく空いていた最後のピースを、自分が親になり、作り手になり、こうして出会ったお客様が、スッとはめてくれました。


僕も今、この双子ちゃんのような笑顔で笑っています!


たくさん使っていただいて、末長くご家族のそばに寄り添ってもらえたらと思います。

ありがとうございました:)


©️ LØKKE furniture​      ルークファニチャー​

​・aichi ichinomiya

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